市川よみうり連載企画

                                       TD COLSPAN=3>    TD COLSPAN=3>    TD COLSPAN=3>    TD COLSPAN=3>    TD COLSPAN=3>   
検証・まち
<介護はいま>
27
体力は衰えても…

  「有料老人ホーム」「軽費老人ホーム」「養護老人ホーム」「特別養護老人ホーム」「ナーシングホーム」「介護老人保健施設」「療養型病床群」や「高齢者ケア対応型マンション」「高齢者向け優良賃貸住宅」「ケア付高齢者住宅」「ケアハウス」「生活支援ハウス」「グループリビング」「認知症高齢者グループホーム」」「シニア住宅」「シルバーハウジング」など…。ここ数年、高齢者施設・住宅の名称は増える一方。似たような名前でも、内情は微妙に違う。2世代、3世代同居住宅でも、プライベートスペースと共有部分をキッチリ分けるなど、さまざまな工夫が凝らされるようになったが…。
   

―◇―   ―◇―
     バスで隣合わせた女性は、80歳。夫に先立たれ、長男家族と一緒に暮らしている。
 「孫は2人。お兄ちゃんは介護士、弟はリハビリの先生になった。フクシ(福祉)の仕事は、いま、流行りなんだねぇ」
―仕事柄、お孫さんはおばあちゃんに優しいでしょ。
 「いいや、仕事場で、さんざんフクシしているんだろう。ぐったり疲れて帰って来るよ。家では、機嫌悪いよ」
 東北出身、大家族(10人の兄弟姉妹)で育ち、東京に嫁に出た。父母は故郷で長兄と暮らしていたが、10数年前に亡くなった。
 「病院は、やだね」
―どうして?
 「(故郷の病院に)倒れた親を見舞いに行ったとき、『もう、意識は戻りません。どうしますか?』って医者先生に聞かれた。『どうしますか?』って言われて、『ハイ、もういいです、死なせてやってください』とは、子供として、言えないよねぇ。そのまま、一年くらい入院してて、死んでしまった」
 自分自身は、いつまでも「現役」でいたいと、内職仕事を続けている。「ヨメさんに遠慮で」、ときどき、外に遊びに出る。
    「年寄りにも、冒険ってものがなくちゃいけない」と、場外馬券を買いに行く。
 「ささやかな、冒険だよ」
―当たる?
 「当たるときもあり、ハズれるときもあり。まあ、人生なんて、そんなもんだね」
 80歳の男性、Kさん。妻に先立たれ、長男家族と暮らしている。
 「『家族』は、はじめから『家族』ではない。努力して『家族』になっていくものだ」が持論。
 さきごろ、定期健診で、病院に行ったら、主治医に、『大事をとって、すぐに入院してください』と言われた。ヨメさんに「お泊りセット」を持って来てもらって、その日から入院となった。幸い、治療するところがなかったので、
 「ベッドの上で、一人、ボーッとして、退屈でしたよ」
 半月後に退院、さっそく自己流のリハビリを始めた。80の坂を越え、明らかに体力の衰えを感じる一方で、「感性はますます豊かになっていきます。それが、私の『老い』というものでしょう」。
<2005年11月10日>
検証 まちトップへ
検証・まち  
<介護はいま>
28
15年の間に大きく変化

「痴呆」という用語は、いつ、どのようにして「認知症」に替わったのだろうか。今年1月に発表された「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」報告書によれば、
 「…検討の過程において、関係団体や有識者からヒアリングを行うとともに、『痴呆』に替わる用語として選定した複数の候補例について広く国民の考えを問うため、厚生労働省のホームページ等を通じて意見の募集を行い、議論の結果、次のような結論に至った」
○「痴呆」という用語は、侮蔑な表現である上に、実態を正確に表しておらず、早期発見、早期診断等の取り組みの支障となっていることから、できるだけ速やかに変更すべきである。
○「痴呆」に替わる新たな用語としては「認知症」が最適である。
○「認知症」に変更するにあたっては、単に用語を変更する旨の広報を行うだけでなく、これに併せて、「認知症」に対する誤解や偏見の解消等に努める必要がある。
 この報告書を受け、厚生労働省は、平成17年度を「認知症を知る1年」とし、同症への誤解・偏見(「何もできない」「何もわからなくなる」)を無くすための情報を集中的に広報することとした。つまり、今年は、「あらためまして認知症元年」ということになる。
 同症の影響が見られる全国の要介護認定高齢者は、平成14年で約150万人(厚生労働省調べ)。高齢化の進展に伴い10年後には約250万人、20年後には約320万人に増加すると予測されている。
 

 ―◇―   ―◇― 
 「介護福祉士」「介護支援専門員」「ケアマネジャー」「千葉県認知症介護指導者」などの肩書きを持ち、市内の特別養護老人ホームに勤めるMさんを訪ねた。
 介護職歴約25年のMさんだが、時代とともにかわる介護知識・技術の学習に余念がない。
 介護技術は看護的なものからリハビリ・理学療法的なものにかわり、近年増加傾向にある「認知症」とのかかわり方も、発想の転換が求められている。だから、
 「辛いけれど、まずベテランから学び、変わっていかなければ」
 職場を案内してもらった。以前(約5年前)に見た「特別養護老人ホーム」の光景は、大きく様変わりしていた。「変化」をひとことで言えば、「施設の家庭化」だ。
 「セミパブリックルーム」と呼ばれる小広場には、古い茶箪笥、ピアノ、テーブル、イスなどが置かれ、入所者のくつろぎの場所となっている。
 廊下の片隅には、天使の人形・寺社の守り札、お鈴(仏具)などが置かれた台があった。多くの入所者が、そこで立ち止まり、手を合わせる。なかには、賽銭を供えていく人もいるという。
 「みなさん、『拠りどころ』を求めているのでしょう」
 入浴をすませた入所者が通りかかる。Mさんが話しかける。たどたどしいが、一生懸命な答えが返ってくる。不明瞭な部分を「読み取り」、会話は成立していた。
<2005年11月18日>
検証 まちトップへ
検証・まち  
<介護はいま>
29
いつまでも元気に!!
ホームヘルプサービスを中心に、在宅福祉サービスの提供を目的として平成8年に設立された財団法人市川市福祉公社は、今年で10周年を迎えた。設立以来、毎年積極的に新規事業に取り組んでいる。今年11月から、新事業「ミニデイサービス」がスタートした。
 ここでも、キーワードとなっているのは「介護予防」。高齢者が介護保険に頼らず、いつまでも元気でいられる方策のひとつとして企画されたものだ。
参加者募集のパンフレットには
 『いつまでも元気に過ごしたいものですね。みんなで学んだり、体操したり、おしゃべりなどをして楽しいひと時を過ごしませんか。ご参加お待ちしています。4回コースです!』
 対象は、おおむね65歳以上。会場は市内の公民館で、隔週金曜日の午後1時半から約2時間を過ごす。費用は1回100円〜150円程度。
スタッフの軽マジックで始まった2回目のミニデイサービス=18日、市川市中央公民館

   第1回の11月4日は、約20人が集まった。同事業担当者のひとり、立石多香さんは、初日の様子を、
 「和やかな、とてもいいムードで初顔合わせ、自己紹介などができました」
 これから、「まだまだ学ぶ」「はつらつ体操」を「2本柱」に、
 「みなさんの意見を聴きつつ、徐々に内容を充実・向上させていければと思っています」
  第2回(11月18日)、会場の市川中央公民館を訪ねた。
 参加者たちは、定刻前に、続々と集まってくる。
 「寒かったでしょう」「夜は、ぐっすり眠れましたか?」「ご飯は、よく食べられましたか?」「ここまで歩いてこられたんですか?」
 出席カードをチェックしながら、一人ひとりに声かけをする担当スタッフ。
 参加費(100円)を払い、ネームプレートを受け取りながら、「大丈夫」「よく眠れましたよ」「早寝早起き!」「たくさん食べましたよ」「自転車で来ました」「友達と誘いあわせて、歩いてきました」など、参加者たちの口も滑らかだ。1回目に知り合った仲間を見つけると、「ごぶさたでした」「みなさん、お変わりなく」とあいさつし、和気あいあいのムード。
 限られたわずかな時間だが、とにかく「会話」が多い。担当スタッフ(4人)の誘い水もあり、皆、自由に自分の「意見」や「思い」を語り合っている。
<2005年11月25日>
検証 まちトップへ
検証・まち  
<介護はいま>
30
体を動かし友達づくり
「『介護予防』と聞くと、筋力トレーニングをイメージする方も多いのですが、体を動かす事だけでなく、脳や精神面を活性化するトレーニングを行なう事も介護予防に繋がります。ミニデイサービスの中で、無理なく生活習慣として取り入れられるプログラムを計画しています」(市川市社会福祉公社だより『あい愛エール』第14号)
 「無理なく、生活習慣として取り入れられる」介護予防とは? 今年11月からスタートした同公社のミニデイサービス会場を訪ねると…。
 おおむね65歳以上の約20人がk隔週1回、金曜日の午後、公民館に集まる。「はつらつ体操」で体を適度に動かし、「公社からの情報」を聞き、「創作手芸」につい夢中になり、「テーマを決めたディスカッション」で自分の意見を発表。あっという間の2時間だ。
折り紙・毛糸・木の葉などを張り付け大きな1枚の絵を完成させる

   「創作手芸」では、全4回を通して、ひとつの作品を参加者みんなで完成させる。
 集いの中で、自分が生まれたときの「命名書」を、「たからものです」と見せている人がいた。奉書紙に書きしたためられた生年月日の最初の文字は「大正」。当時のかわいい「赤ちゃん」も、いまは80代。
 ―わあっ、いままで、よく大切に保管されていましたね。みなさんも、次回、自分の「たからもの」を持って来て、それについてお話してくださいよ。
 スタッフから宿題が出た。次回は、どんな「たからもの」が集まるだろう?
 「最高齢(90代)の人も、頑張っていましたね」
 「そうそう、背筋がすっと伸びていて、お元気そうでしたよね」
 「隣に座っていた人が、意外に近所に住んでいることも分かりましたよ」
 会場に来るときはひとりだが、帰り道は会場で知り合った人たちと話弾ませ、肩を並べ…。
 そんな、参加者たちの後ろ姿を見送るときが、「いちばんうれしいです」と、同事業スタッフのひとり、立石さん。
  「ミニデイサービス」というよりも、「ミニデイ倶楽部」といった感じがする。これから、回を重ねる中で、この集いに何か良い「愛称」が生まれてくるといいな、と思った。
<2005年12月2日>
検証 まちトップへ
検証・まち  
<介護はいま>
31
違うそれぞれの歩み<1>
厚生労働省が認定した事業者の講習を終了すれば取得できる「ホームヘルパー」資格。同2級の講習は130時間(講義58時間+実技講習42時間+施設の介護実習など30時間)。これまで、介護の仕事に就くためには、2級以上の資格が求められてきたが、『今後、医療・保健・福祉の連携が進むにつれ、福祉の専門性の内容がいっそう問われてきます。ホームヘルパーをはじめとする福祉職種が、その業務内容を向上させ、高い職業倫理をもって業務にあたれるよう、知識や技術の習得に努め、資質の向上を図ることが重要な課題となっています』(「ホームヘルパー養成研修テキスト2級課程」から抜粋)
    
―◇―   ―◇―
 高橋房江さんは、「お母さんも何か資格を持ったら?」という娘のことばに後押しされて、50代になってホームヘルパー2級の資格を取得した。講習の中で、「講師の「『介護は、人の心に触れるんですよ』という教えが深く残っています」。
 その後、特別養護老人施設「ナーシングホーム市川」の介護員の仕事を得て、4年が過ぎた。
 現場では、よく、『想定外』のことが起きる。たとえば、看護士が、入所者の一人に点滴をセットすると、
 「何で、これ(点滴)をするの?」
特養施設の一角で、入所者と息の合った会話を続ける高橋さん(写真左)

 点滴が終わるまでの約1時間半、じっとしていられない入所者のお相手をする高橋さん。
―これはね、「元気の出るお薬」なんですよ。終わったら、また、元気に働けますよ。
 「こんなところでぶらぶら遊んでたら、母さんに叱られちゃうよ」
―お母さんは、どんな人?
 「カイコの世話をしたり、畑を打ったり、働き者だよ…。これ、もう終わり?」
―ううん、まだまだ、じっとしていてね。お年は、いくつ?
 「50歳」(実際は、80代)
―わたしと同じだ!
 「そうかい? あんた、18か20歳にみえるよ」
―わーっ、うれしい!
 「こっちの予定どおりにしようとすること自体が、間違いなのかもしれませんね」と笑う高橋さん。だれか一人が落ち着かないと、ほかの入所者にもその落ち着きのなさが伝わっていくという。
 「キャリアアップは、望みません。このままで、これからも、『人』のお世話を続けていきたい」
          (つづく)    
<2005年12月9日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
32
違うそれぞれの歩み<2>
「介護福祉士」の資格を取得するには、大きく分けて2つのコースがある。
 ひとつは、一定の実務経験を経た後、国家試験に合格するコース。平成元年に始まった同資格試験には、これまで全国で約52万人が挑戦しており、合格者は約24万7千人(合格率47.5%)となっている。
 もうひとつは、養成施設(専門学校・短大・大学)で必要な科目を履修して卒業するコース。指定養成施設(平成16年4月現在)は全国で389校・465課程で、入学定員約2万6千人。
 両者とも、介護福祉士名簿に登録して「資格」として認められる。
   
―◇―   ―◇―
 大学の福祉専攻科に通う美濃部佳苗さん(21)の場合は、
 「卒業前に学内の統一試験に合格すると、介護福祉士の資格が取得できる」(本人談)。
介護実習に励む美濃部さん=写真右。「核家族で育った」ハンデは感じられない

 そのためには、「老人福祉」「老人心理」「障害者心理」「リハビリテーション」「介護技術」など、福祉分野の専門知識や技術を学ぶだけでなく、老人ホームなどでの介護実習(約8週間)も欠かせない。
 「1回目の実習は、現場の様子を見学しながら、実際の介護を教えてもらい、やらせてもらう、そんな感じだった」
 現在、市川市内の特別養護老人ホームで2回目の実習(4週間)に入っているが、「今度は、積極的に介護に参加したい」。
―学校の授業で学んだことは、実習で役に立っている?
 「(実習に入るまで)『教科書』が『基本』だと思っていた。確かに基本にはなるが…。現場では、利用者一人ひとりに合わせた介護が行われている。たとえば、おむつのあて方ひとつをとっても、相手によってそれぞれやり方が変わる。びっくりしました」
―授業と実習、どちらがためになる?
 「授業で分かることもあるし、実習で分かることもあるし…、両方、大事だと思う」
―将来は、介護職に就きたい?
 「ん…、いま、迷っているところです…」
 入所者との会話は「傾聴姿勢」で。聞き取ったことばを、相槌を打ちながら復唱し、話をつなげていく美濃部さん。
「…そうですよねぇ、子育ては、難しいけれど、楽しいですよねぇ」
 その様子は、仲の良いおばあちゃんと孫のようだ。 (つづく)
<2005年12月16日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
33
違うそれぞれの歩み<3>
改正介護保険制度スタートの年となる平成18年。今年からサービス改革は「量」から「質」へと移行する。
    それに伴い、介護に携わる職種には「専門性の確立」が重視され、資格要件やその研修体系の見直しが行われる。
  たとえば、新年度の開始が予定されている「介護職員基礎研修」。厚生労働省は今後、介護職員の資格要件を、現在の「ホームヘルパー2級」(講義・演習・実習合わせて130時間修了)から「介護職員基礎研修」(同500時間修了)へ、さらに「介護福祉士」有資格へと徐々に切り換えていく方針」。その理由として、背景に「介護が必要な状態になっても、それまでの生き方が継続でき、尊厳が保持された暮らしをしたいという国民の願い」「認知症、医療的なニーズを持つなど、重度の高齢者の生活支援、介護予防への本格的な取り組みの要請」「今後の介護労働力保持のため、待遇向上、キャリアの確立など職業としての魅力を高める必要」がある、の3つを挙げている。
特別養護老人ホーム「ナーシングホーム市川」(社会福祉法人慶美会)は、平成9年、市川市柏井にオープン。まだ「ユニットケア」の概念が普及していない当時から「個室」「ユニット」化を進め、「回廊式」廊下の4隅に「流し台」付きデイルームを設けている。
 入所者のケアにあたる介護員は約50人(非常勤も含む)。現在、特養床(定員60人)は満床で、約500人の待機者を抱えている。同施設の若い介護員たちに、経歴やこれからのキャリアアップについて聞いた。
介護実習生たちの指導者であり、「お姉さん」役の谷口さん

  谷口(やぐち)尚子さん(25)は、大学の社会福祉学科卒。
 「大学で、介護実習は必須科目だったが、現場を見る程度だった」
 卒業見込みで、社会福祉士の国家試験にチャレンジして、合格。
 就職先として、
―介護現場を選んで、よかったか?
 「そりゃ、もちろん。現場でいろんな人とふれ合って、はじめて分かることがある。最初は、余裕が無かったから、気づかないことがたくさんあった。3年経って、やっと余裕ができ、『こうしてあげたほうが、ご本人(入所者)のため』と、気配りができるようになった」
 「私は、省エネタイプ」という、谷口さんの仕事ぶりは―。ある日のデイルーム。昼食時、谷口さんは、入所者の食事介助をしながら、自分の箸(はし)も進める。
 「こうやって、一緒に食べると、『今日のミソ汁は、ちょっと味が濃いわね』なんて、打ち解けた話ができて、いいですよ」とニッコリ。
     食事半ばで、眠ってしまう人もいるが、
 「ただ眠いというだけじゃなくて、手がよく動かないから眠ってしまうこともあるんです」
 そのようなときは、急に揺り起こさない。「○○さん、お食事ですょ」と、何度か耳元で囁(ささや)く。すると目を開けてくれる。
 食事再開。約1時間で、皆、完食。
 「省エネ」というよりも、静かに、要所をきちんとおさえた「お世話」ができる谷口さんだ。
 「現場3年で、介護福祉士試験にチャレンジする資格が得られる。ここで働いている人たちは、パートの皆さんも含め、積極的に受験している。私も、今年、全力を尽くし、挑戦してみます」
―試験対策は?
 「過去問題集を見ると、社会福祉士の勉強と重なるところもありますが、なかなかむずかしいですね」
―将来は?
 「ケアマネジャー資格)にも挑戦してみたい。でも、試験を受けて、合格したら、『何でもできる』とは思っていません」
<2005年12月30日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
34
違うそれぞれの歩み<4>
石井麻美さん(23)は、高校の介護福祉科卒。卒業見込み時に「介護福祉士」試験を受け、ストレート合格。
 「高校の授業のカリキュラム自体が、介護福祉士資格取得を目的に組まれたものでした。就職して実務に入ってからの試験勉強は大変だろうなと思い、在学中に頑張りました」
 試験は、1次(筆記)・2次(実技)に分かれている。
入所者お気に入りの「民謡」に手拍子を合わせる石井さん

 1次筆記試験は、五肢択一の120問。「社会福祉概論」「老人福祉論」「障害者福祉論」「リハビリテーション論」「社会福祉援助技術」「レクリエーション活動援助法」「老人・障害者の心理」「家政学概論」「医学一般」「精神保健」「介護概論」「介護技術」「形態別介護技術」の13科目から満遍なく出題される。
 受験当時を振り返って、「法律や概論の問題が難しかった」と石井さん。半面、「介護技術」の問題では「点が取れたと思う」。
 出題が広範囲にわたるため、「それぞれの科目の分かりやすいところを重点的に、基本的な問題を落とさないように勉強することが大事だと思います」。
 1次試験をパスした人が、2次の実技試験に進む。
―実技試験は緊張した?
 「ハイ、周りが見えな
いほど緊張しました」
―課題は?
 「『ポータブルトイレからベッドへの移乗』でした」
―実技合格の決め手は?
 「まず、何をするにも、相手に対する安全確認の『声かけ』を忘れない。『時間が足りない!』と思ったときでも、動作は、一つひとつ、ゆっくり、丁寧に」
 今年の試験から、新たに「介護技術講習制度」が導入される。あらかじめ同講習(32時間)を受けておくと、以降に実施される2次実技試験3回分は免除される。アガリ性の人には朗報だろう。
 「介護現場でも、段々、医療・看護の知識が必要になってきている。在学中に、もっとそのあたりを勉強しておけばよかった」と石井さん。現場5年で、「介護支援専門員実務研修受講試験」にチャレンジできる。
 「今年、受験してみたいと思っています」
―事務系の仕事にも興味がある?
 「当分は、現場の仕事を頑張りたいです」
<2006年1月13日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
35
違うそれぞれの歩み<5>
回廊式廊下のコーナーに設けられた「流し台」で、食器の後片付けをする七戸宗一郎さん(23)。大学の社会福祉学科卒で、社会福祉士受験資格を持っている。在学中に、
「ボランティアでこの施設を訪ね、『いい介護をしているな』と思い、昨年4月、ここに就職した」
 現場に飛び込んで、最初のころは、
 「おむつ交換はニガ手なほうなので、どうしよう…」「自分にできるかな?」など、戸惑いも多かった。
 いま、七戸さんの動きを追うと、「ベッドから車イスへの移乗」も、「食事の後片付け」も、器用にこなしている。
 同施設で、現場の男性介護員は5人。同僚が、入所者と手をつなぎ、部屋と入浴室を往復する姿に、「いってらっしゃい」「お帰りなさい」「キレイになりましたねー」と声かけも忘れない。
―これから社会福祉士、介護福祉士と、キャリアアップを進めていくか?
 「ん…、現場をよく見て、それから…」
「デイルーム」の流し台でお茶を用意する七戸さん

 先輩介護員が、七戸さんの横を、「取れる資格は、取っておいたほうがいいよ」とアドバイスして通り過ぎていった。
 「大学で勉強していた4年分、(現場に)出遅れちゃったからなぁ」と頭をかく、七戸さん。
 「いまは、とりあえず、仕事を覚える。業務第一。入所者のペースを大事にしながら、楽しく仕事、したいです」
      
―◇―
 若い介護員たちが活躍する一方で、
 「これまでの人生経験だけでも利用者の気持ちを手に取るように理解し、共感し、的確に思いに添った支援ができる年配介護員も数多くいます」と、同施設の介護係長・村越洋子さん。
 施設介護員の役割には、家族の代行という重要な意味合いも含まれている。だから、
 「職員は、『孫』的な若い人、『娘』『息子』の代わりのような人、また、時代を共有してきたような昔の歌が歌えたり話の通じる人など、年齢的にバランス良く配置されることが望ましいのです」
 同施設を訪れ、最初に感じた「家庭的雰囲気」は、そうした人材配置から生まれてくるのだろう。
 村越さんは、介護職23年を振り返って、
 「介護をすることは、生涯研修の場にいるようなものだと、つくづく思います」と語る。
 23年間に、いろいろなことが変わった。「寮母」という呼び名は、「介護員」に。ケアの主流は、「集団介護」から「ユニットケア」へ。特養のケアモデルは、「寝たきり」から「認知症を支えるケア」へ。介護技術にも、賞味期限アリ。
 ベテランといえども、常に勉強の連続、意識改革が求められる。昨年は、全国規模の「認知症」ケア研修を受けた。いままで「問題行動」と呼ばれていたものは、「周辺症状」。ケアの仕方も、本人の「気持ち」になって考える。認知症の「気持ち」を深く掘り下げるディスカッションは、辛く、涙が出た。でも、
 「ベテランから変わっていかなければ、何も変わりませんからね。私たちは、人としての本質を考える場で、いつ終わるか分からない老後を支えるわけですから、前向きな気持ちでなければ、いい介護はできないし、勤まらない」
 そうやって、学び、「人」とかかわって思うことは、
 「資格」が優先される時代。村越さんも、「介護福祉士」「介護支援専門員」「千葉県認知症介護指導者」などの資格を持っている。
 介護の道を進むため、共に現場を支える介護員たちに励ましのことばは?
 「年配の人にとって、これからキャリアアップを目指すのは、大変な苦労を伴うと思いますが、いままでの自分の役割と存在を明確にするいいチャンスだととらえ、資格取得に挑戦してください。成功しなくても、けっしてムダにはならないし、逆に挑戦したことが良い思い出につながることが多い」
 若い職員には、
 「学び、目指すことで、見聞を広くし、それが利用者の理解にもつながる。努力してチャレンジしてください」
 今年の試験日程は、1月29日(筆記)、3月5日(実技)。受験者数は、毎年右肩上がり。今年も、介護の道を目指し、分厚い問題集に取り組んでいる人たちが多いことだろう。
 健闘を祈りたい。
<2006年1月13日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
36
看護と介護の差異から
看護と介護。『広辞苑』を引くと、
 「看護」=傷病者に手当てをしたり、その世話をしたりすること。
 「介護」=高齢者・病人などを介抱し、日常生活を助けること。
 看護と介護は、近くて遠い、遠くて近い感があるが、医療と福祉の連携が進み、それぞれの仕事が混ざり合う場面が見られる。
  ある特別養護老人ホームの、慌しい朝のひととき。看護師はワゴンに医療器具や薬を乗せて施設内を巡る。
 「これだけは、午前中に、どうしてもやらなければならない」
 決められた薬を、決められた時間に―と気がはやる看護師。医療的にみると、それは当たり前のことだろう。
 だが、入所者のペースに合わせたケアが本分の介護員は、
 「そんなにアセらないで。午後にまわせる仕事は、午後にしてもいいんじゃないですか?」と声をかける。
特養ホームのリビングでくつろぐ高齢者。「医・リハ・介」の連携がきめ細やかだと表情は穏やか

 緊張が解けた看護師は、
 「あー、もう、やめた、やめた!
わたしも、ここでは、もう急がない!」
 あせらないで、落ち着いて、落ち着いて。看護師と介護員は、声を掛け合いながら仕事を進めていく。
 「この薬、食事が終わったら、○○さんに必ず飲んでもらうように。忘れないように、お願いします」
 薬は、“元気の出る薬”“食事の美味しくなる薬”と呼ばれ、介護員の手を介して入所者の口に運ばれる。
 介護保険スタートに合わせ、施設サービスとして、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)・介護老人保健施設(老人保健施設)・介護療養型医療施設(療養型病床等)の3種類が整備された。
 その中で一番、医療的色彩の強いのが「介護療養型医療施設」。かつての「老人病院」「介護力強化病院」を介護にふさわしい環境に改善したものだが、やはり「社会的入院」ケースが多かったのだろう。さきごろ、平成23年末をもって廃止される運びとなった。
 これからは、「医療」は病院、「リハビリ」は老人保健施設、「介護」は特養ホームと、色分けがより鮮明になっていくだけに、それぞれの「主たる仕事」を支えるためにも、いま以上に現場でのよりきめ細やかな、各分野の連携が望まれる。
<2006年1月20日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
37
自立した長寿のために…<1>
1月17日、市川市文化会館小ホール(定員約450人)に詰め掛けた聴衆は、ロビー・階段通路まであふれんばかり。これから始まる聖路加国際病院理事長・日野原重明さん(94)の講演会(主催・すがの会、後援・市川市・市社会福祉協議会)の、人気のほどがうかがえる。この日の講演のテーマは、「上手な老人介護の新しいやり方の提唱」。
 まず、客席をざっと見渡し、
 「…ふつう、(講演会の)前列には、大正生まれの人がお座りですが、きょうは、もう少しお若いかたもいらっしゃいますね…。明治生まれの人は?」と問いかける日野原さん。
超満員の会場で、壇上から身を乗り出すようにして語る日野原さん=市川市文化会館小ホール

 明治40年生まれの女性から声があがると、
 「私の先輩ですね。98歳ですか? あと2年で100歳。すごいですねぇ」
 日野原さんによれば、50年前、100歳以上は全国で251人。いまは2万5千人を超えているが、残念なことに、その3分の2は寝たきり。自立した長寿でないと、本当に喜び祝うことができない。
 「おそらく、5年後に100歳以上は5万人を超えますよ。100歳を過ぎても、元気で自立して、片足でも立てるように」と、壇上で自ら片足立ちを披露。
「皆さんも、ぜひ、家に帰って
試してみてください。女性のほうが、長生きするだけあって、バランス感覚に優れている」
 会場は、拍手喝采。
 やむをえず高齢者施設などでお世話を受けなければならないこともあるが、
 「『65歳以上になると介護を受ける資格ができる』なんて考えないで」
 65歳以上=「老人」という考えは、平均寿命が68歳だった50年前にできた。いまは、平均寿命が格段に延びて82歳(男性78歳、女性85歳)になっているのだから、
    「できれば、10歳底上げして、75歳になって、はじめて『新老人』」
 「新老人」という言葉には、「老」をもっと輝いたものに、もっと新しい、尊敬されるものにしたい―という日野原さんの思いが込められている。
 「新老人」は75歳でリタイアしない。75歳から「いままでやったことのないことをやる。やってみて、はじめて自分に能力のあることが分かる」。(つづく)    
<2006年1月27日>       
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
38
自立した長寿のために…<2>
日野原重明さん(94)=聖路加国際病院理事長=の講演を聴きながら、「まだまだ頑張れる、いや、頑張らなければならない…。そう思わせる先生の話は、私たちにとって『応援歌』のようなものですね」と、81歳女性。
 壇上の日野原さんからユーモアたっぷりのエールを贈られ、会場(市川文化会館小ホール)は「笑い」が絶えない。
 「みなさん、笑顔をつくる『笑筋』を鍛えないと、口元が垂れ下がってきて、『冴えない』『まとまりのない顔』になりますよ」
 口の両脇にある小さな筋肉―「笑筋」を、よく笑い鍛えると、口角が上がって『輝いた顔』になるという。
ユーモアたっぷりの話で満席の会場を笑いの渦に包んだ日野原さん=1月17日、市川市文化会館

 「顔(表情)は、笑う習慣でできる。45歳からの顔は、自分自身がつくるんです。笑顔は、見ていても気持ちがいい」
 「さて、きょうは、介護の話なんですが…」
 日野原さんが語り始める「老人介護の新しいやり方」でも、「笑顔」は欠かせないもののひとつのようだ。
 「まず、介護する人が『よれよれ』では、される人も元気が出ない。笑顔で、きちんとした装いで、『あの人が来ると、気持ちが冴える』と思わせることが、技術以前に大切」
 介護を受ける人も、
 「『よれよれ』の格好ではいけません」
 入院して病気になっても、自分の身の回りに関心を持つのは、
 「病気を癒(いや)す上にとてもいいこと。病院に入っても、家にいるときと同じ。誰かを訪ねるときのように、身だしなみを忘れてはいけません」
 日野原さんは、医療現場でのエピソードを例にあげる。
 入院患者が新しいパジャマを着ているのに気づいたときは、
 「そのパジャマは、とてもいい色ですね」
 すると、
 「相手は、『(医師が)自分に関心を持ってくれている』と知って、さらに装いを凝らす」
 つまり、
 「お互いに関心を持つようなことをやって、はじめてかみ合ったあたたかい介護ができるということを、私は特に言いたい。技術以前に、心にタッチするように努力しなければならない。そうやって、人間の出会いの相性をよくすることが必要なのです」(つづく)
<2006年2月3日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
39
自立した長寿のために…<3>
「英語のcare(ケア)は、世話をするという意味を持っている。『健康のケア』は、ヘルス・ケア。その中で病気を中心にしたケアをメディカル・ケア、それを日本では医療と訳している。また、看護婦のする病人の世話は、ナーシング・ケアと表現できる。では、介護はどう言ってよいかというと、それは生活の世話であるから、個人の身の回りのケア、すなわちパーソナル・ケアと表現できる。英語で言う『ケア』は、健康管理や医療のケアから始まって、身の回りの介護まで、すべてを含むものである」(日野原重明著『〈ケア〉の新しい考えと展開』春秋社刊から抜粋)
 「輝く老人になるための秘訣(ひけつ)」や「介護をする人・受ける人の出会いの相性を良くする方法」をユーモアたっぷりに説き、超満員の会場(市川市文化会館)を沸かせた聖路加国際病院理事長・日野原重明さん(94)。
 では、『ケア』とは何か? このテーマに、会場は聴き入る。
日野原さんは、「医療」「看護」「介護」の3つの円の重なった部分を「ケア」と呼ぶ。

 「日本は、医療・看護・介護の3本柱が別個になっている。これは間違っている」と指摘する日野原さん。
 「外国では、3つが『ケア』という言葉で共通する(図参照)。
日本でも、これからは、介護をする人も医学・看護を、看護をする人も医学・介護を、医者も介護・看護を、それぞれもっと学ばなければならない」
 たとえば、介護をする人は「身の回りの世話だけ」でなく、看護も診断もある程度でき、大切なキーになるような状態を医師に知らせることができるよう、学ぶ。昔はそこまでは求められなかったが「いまは要求されている」。
 「米国では、医者も医学生の間に看護・介護を体験学習し、その中で医学を勉強する。解剖を習うときにも、医学・看護・リハビリ学生が一緒に勉強する。学んでいる環境が、すでにチーム医療の状態だから、上下の関係がない。そんなふうにナースもヘルパーも、プライドを持ちながら一緒に働くことが必要だと、私は特に言いたい」(つづく)
<2006年2月10日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
40
自立した長寿のために…
<終>
「老化」と「老い」の違いについて、聖路加国際病院理事長・日野原重明さん(94)はその著書『〈ケア〉の新しい考え方と展開』(春秋社刊)の中で、宗教学者・松村克巳さん(関西学院大学名誉教授)の定義を借りて、次のように説明している。
 『老化は生物的な概念であり、老いは人間的な概念である。老化は、生物として避けられぬ衰退現象(大自然の法則)。老いは、生物の事実をその担い手である人間一人ひとりがどう受け止め、また、これにどう対処しようとするのか、こころの問題として生き方と態度の問題を主として考えようとする』
 そして、自らの言葉で、
 『老いに退くのではなく、老いを創めてほしい。そして、自分らしく、自分という樹の葉を染めてほしい。晩秋に風が吹き、あなたの命の葉が梢から宙に離れるまで、今日という一日一日を感謝し、大切にしてほしい』と老いの生き方を綴っている。
 「生物として避けられぬ衰退現象」を「どう受け止め、どう対処するか」。市川市内で行われた講演会で、日野原さんは、
 「たとえば、記憶力は10歳代がピークで、早くも20歳から下がり始める。新しいことの発想は、25〜30歳くらいが活発で、40代からだんだん落ちてくる。
私たちは年を取ると、確かに老化はしますよ」
 だから、年を取って「孫の名前」「ソバ屋の電話番号」「昨日の夕飯のおかず」「今朝食べたもの」などがすぐに思い出せないのは、
 「アタリマエ。心配する必要はありません」
 探し物をしに2階に上がったら、何を探しに来たのかを忘れてしまった―というのも、よくある話だ。でも、そのまま、何となく辺りを整理していたら、ずっと前から探していたものが偶然見つかったりする。
 「そんなときは、嬉しいですね。偶然に『掘り出し物』を発見するのも、楽しいことです」
 要は、考え方次第。
 「記憶力は、コンピューターや年を重ねて豊かになった判断力で代行できる」
 さらに、老いを輝かすための仲間も必要だ。
 「『若い人が好きだ』という人は恵まれている。老人は、若い人のタッチによって、エネルギーをもらう」「年を取ってからでもいい友人ができることを、皆さん、楽しみにしてほしいですね。老人の会などに行くと、初めて会ったのにナゼか気の合う人がいて、友達になるというのも、よくあることです」
 そして、いつかは、介護される日が訪れる。
 「それが、いつ来るかは分かりませんが、そういう日がありうると考えながら、(元気ないま)介護を提供できることに感謝してする介護こそが、立派な『介護』であると、結論として申し上げて、この講演を終わりたいと思います」
<2006年2月17日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
41
いまの自分にできること
さきごろ市川市内で開かれた聖路加国際病院理事長・日野原重明さん(94)の講演を、
 「開演2時間前から並んで席を確保し、聴くことができた」という市内在住の伊藤真代さん(84)。
 「94歳で現役、元気に活躍される日野原さんの姿を間近で見ると、『生きる力』をいただきますよね。その姿は、若い頃から健康に気をつけ、働いてきた、ご苦労の結実だと思います。私も、講演を参考にしながら、『いま、自分の中で、何ができるか?』を考えています」
 真代さんは、昭和16年、19歳で医師・小川益太郎さんと結婚。子供(3男1女)にも恵まれ幸せに暮らしていたが、同50年に益太郎さんと死別。その後、市川市内に住む教師・伊藤道さんと再婚し、穏やかな生活の中で、「俳句」「語り」という生涯続けていくことのできる趣味とめぐり合ったが、昨年3月に道さんが95歳で死去した。
 「生まれてはじめて、ひとり暮らしになりました」
 自宅の居間には、2枚の写真が飾ってある。1枚は、益太郎さんと4人の子供たちに囲まれた真代さん。もう1枚は、道さんに寄り添う真代さん。どちらも、過ぎた日々の、なつかしいひとコマだ。
 「今年の正月、4人の子供たちに、『遺言』を書いて渡したんです。はいっ、あなたにも、私の遺言をプレゼント!」
 真代さんから手渡された和紙ハガキには、毛筆書きで、
 『言葉の芯に愛があるか 反省 感謝 言葉は心の足音』
 「これで、もう、十分! 私は、他に何も遺すものナシ!」
 この「遺言」の意味は?
 真代さんは、10数年にわたる「俳句」や昔話(民話)の「語り」活動の中で、「自分の言葉は信じられるだろうか?」と問い続けてきた。道さんの在宅介護をしているときも…。
 ある日、訪問入浴サービスの人が、道さんに「痩せましたね」と、うっかり言ってしまった。
 「私、サービスの人に、あとでこっそりこう言ったんです。『あの言葉、ドキッとしたわよ。病人の力が落ちるから、ガッカリするから、ほかのところで使ってはだめよ』」
―相手の反応は?
 「素直に『ハイ!』。こちらの気持ちが通じたのだと思います。苛(いじ)めようとか、憎たらしいとかいう気持ちで言ったら、素直に聞いてもらえなかったかもしれませんね」
 相手にプラスになることであれば、遠慮しすぎず、でしゃばりすぎず、教えてあげるのが、
 「『老人の一役』だと思います」
 その際、言葉の芯に愛を持ち、乱暴な足音(言葉)を立てないように気をつける。言ったほうも、言われたほうも、アッハッハと笑えるように。
 「84歳の私は、足より口が達者なの」
 真代さんは、生涯現役の“語り部(かたりべ)”だ。
<2006年2月24日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
42
介護レベルのアップへ
県外の養護老人ホームに勤める介護員(寮母)・Hさん(46)は今年1月、2度目の「介護福祉士」国家試験にチャレンジをした。
 前回の惜敗を晴らすべく、「2次実技試験」が免除される「介護技術講習」(32時間)を事前に受け、万全の態勢で臨んだ今回の1次筆記試験は、
 「例年なら、過去問題とテキストをしっかりやっておけば八割は得点できるのですが…。今年の問題は超難関でした。特に、社会福祉・老人福祉概論、医学に関する問題が難しかった。おまけに、世相や、介護保険見直しに関する問いも四〜五問出て…」
―介護職のレベルアップが図られている?
 「ハイ。単に介護だけでなく、
 あらゆるところに目配りできる人が求められているような、そんな感じの試験問題でした」
 Hさんは、介護保険スタート前にホームヘルパー2級を取得。その後、老人施設の介護職に就いて5年あまり。1年前から、施設の医務室で看護師の手伝いもしている。
―試験勉強で覚えたことは、実務に役立つ?
 「『介護技術』の問題は現場にピッタリ即している。でも、福祉の歴史など概論的なものは、『これって、本当に必要?』『何でここまで覚えなければならないの?』。医学系の問題は、難しいけれど、これから使えるかなと思う」
―たとえば、どんなふうに?
 介護施設での看護師のケアはピンポイント。だから、入所者を一日中お世話し、その状態をいちばんよく分かっている介護員が医療・看護の知識を持てば、介護レベルも上げることができるのではないか―と」
―職場の同僚も、受験に積極的?
 「私はパート勤務ですが、今年の常勤職員のヤル気は並大抵のものではなかったですよ。介護の仕事はキツく、時間どおりに帰宅できないこともよくある。そんな中で、『試験勉強も頑張ろう』というモチベーションを保ち続ける常勤さんの姿に、頭が下がりました」
―Hさんも、勉強は辛かった?
 「46歳の暗記力は、脆い(笑い)。覚えても、すぐに忘れてしまう。振り返れば、一度目はただ覚えただけでしたね。二度目は、時間をかけて取り組み、お蔭さまで内容理解が深まりました」
―Hさんの場合は、2次実技試験免除で、あとは3月末の合格発表を待つばかり。合格すると、何が変わる?
 「これから、介護職員の資格要件が、現在のヘルパー2級から介護福祉士へと切り替わっていく。だから、要件がクリアできればひと安心。次はケアマネジャーを目指します。そうやって資格を重ねていくことで、『介護』というキツイ仕事の中に『やりがい』や『よろこび』を見出すことができるような気もします」
 Hさんのほかにも、「一生懸命勉強したのに…、今年の筆記試験は超難しかった」という受験者。なぜ、と首をかしげる。
<2006年3月3日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
43
キーワードは地域と尊厳<1>
介護保険見直しの中で、頻繁に謳われている「地域」「尊厳」。2月25日、市川市民会館で開かれた、高齢者の人権擁護を考える講演会とシンポジウム「安心して老後を送るために」(主催=市川市、共催=市社協・市民生委員児童委員協議会・市介護保険事業者連絡協議会)から、この二つの言葉の意味や展開を探っていこう。
 同催しのオープニングあいさつに立った市保健福祉局長は、市の高齢化の状況について、
 「現在の老年人口は13%台(全国平均19%台)。10年後には20%(同25%)に達すると予測されている。つまり、5人に1人が65歳以上という時代がやってくる」
 しかし、
 「高齢化はけっしてマイナスの要因として考えられてはおりません。むしろ、これからの時代の中で、高齢者の経験や知恵を十分地域などでいかしていただいて、子育て支援や高齢者の福祉増進にその力を活用していただければ、大きなパワーになるのではないか。それが、いま求められているところだと思います」
 最近、高齢者に対してのサギまがいの事件や虐待などが世間を騒がせているが、
 「市では昨年七月に、『高齢者虐待防止ネットワーク』システムを立ち上げた。そこでは、行政だけでなく、民生委員・自治会・ボランティア・地域の人たちと一体になって虐待の早期発見・支援を進め、徐々に相談なども寄せられており、成果が上がっている」
 さらに、介護保険制度一部改正に伴い、
 「現在市内に3か所ある『基幹型在宅介護支援センター』が、『地域包括支援センター』という形に移行する。そこで、高齢者の相談・支援、虐待防止、青年後見制度など権利擁護事業も総合的に進めていこうと考えている」
 他にも、市内14の社会福祉協議会地区を推進母体に、市・社協・地域住民・関係機関などが協働して取り組む「地域ケアシステム」が、「3月には11か所目が立ち上がる」など、
 「市は、『地域』をキーワードに事業を進めている。お互いに助け合いながら、住み慣れた地域の中で、安心して安全に暮らせる社会を構築することは、むずかしいが、最も大切。地域のみなさんと協力して、より良い地域をつくっていきたい」
 この約10分間のあいさつのなかでも、「地域」が繰り返し使われている。すでに、「より良い地域をつくるため」のさまざまなシステムが立ち上がり、組織図が出来上がっているようだ。そして、これからシステムを真に人々の生活を支えるものとして機能させるためには『地域のみなさんの協力』が不可欠。
 このように、元気な高齢者を含めた地域住民は、サービスの「受け手」としてだけでなく、サービスの「担い手」として参加し、積極的な役割を果たすことが期待されている。     (つづく)
<2006年3月10日>    
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
44
キーワードは地域と尊厳<2>
市川市主催の講演会とシンポジウム『安心して老後を送るために』で講師の、さわやか福祉財団理事長・堀田力さん(弁護士)は、演題『高齢者の人権擁護から地域包括ケアのあり方を考える』を語る前に、
 「答えを先に言っておきましょう」
 まず、同催しの大きなテーマである『安心して老後を送る』ためには、
 「安心できる仲間をいっぱいつくること」
 そして、『高齢者の人権擁護』とは、
900人を超す参加者に「最高の人権擁護は相手の思いを大切にすること」と語る堀田力さん

 「ひとことで言えば、それぞれの高齢者の思いを大切にすること。それが、最高の人権擁護ではないかと思っています」
 では、現在全国で約170万人といわれている「認知症」高齢者の“思い”を大切にするには、どのようにすればいいか。
 「ポイントは、そこですよね」
 堀田さんは、身近な事例を挙げて説明していく。たとえば…、
 96歳まで生きた堀田さんの義父の場合、晩年は子供に向かって、「どなたさんですか?」。
 骨折で入院したときは、自分が骨折したことも忘れてベッドから抜け出そうと大騒ぎ。病院の持て余しモノになってしまった。
 「(義父は)元々、面倒見のいい人でした。だから、個室から相部屋に移してもらうと、そこにもボケて騒いでいるおばあちゃんがいて…。義父はそのおばあちゃんの面倒を見るようになりました」
 ナースステーション傍のソファに仲良く座ってひと晩中、話をする二人。何をしゃべっているのか? こっそり聞いてみると…。
 義父は「碁」の話をしている。「うん、うん」と頷くおばあちゃん。義父が話し終わると、今度はおばあちゃんが「近所の昔話」をする。「うん、うん」と頷く義父。そんな会話の繰り返しが延々と続いていた。
 「おばあちゃんの面倒をみる」という「仕事」「生きがい」を見つけた義父は、みちがえるほどシャキッとして、無事に退院することができた。
 ボケたから、じっとしていなさいというのではなく、
 「したいことをさせて、仕事をちゃんと与えれば、しっかりしてくるんです。それが、相手の思いを大切にする―ということなんですよね。そのやり方だと、みなさん幸せに過ごすことができる」        (つづく)
<2006年3月17日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
45
キーワードは地域と尊厳<3>
認知症の周辺症状には、「突然家を飛び出す」「物盗られ妄想」「実際にないものが見える」などがある。そんな症状に、介護する側がついカッとなったりキレたりして、虐待につながることも。
 市川市主催の講演会とシンポジウム「安心して老後を送るために」(2月25日、市川市民会館)で、さわやか福祉財団理事長・堀田力さん(弁護士)は、虐待防止のためにも、「相手(認知症高齢者)の“気持ち”を分かってあげることが大事」と説く。
 「たとえば、突然家を飛び出すのはナゼか? それは、『不安だから』だと思います。自分がどこにいるのか分からない。周りで動く人影は、敵か味方か? きっと『拉致』されたような感じなのでしょうね。だから、自分の分かる場所はないだろうか、知っている人はいないだろうかと、外に飛び出し、歩き回る。私たちだって、同じような立場に置かれたら、きっとそうするでしょう」
 解決策は、「『不安』でないようにしさえすればいい」
 絶えず周りに人が居て、みんなが声をかけてくれる、笑いかけてくれると、「ああ、ここは自分のいる場所だ」と、行動が落ち着く。在宅ではなかなかむずかしいことだが、
 「良いグループホームにお願いすると、職員か入所者か見分けがつかないくらい、和んだ状態になりますよ」
 「お金を盗まれた」と騒ぐのも、
 「お金がものすごく大事なんでしょうね。記憶障害が進行していく中で、『最後の頼りになるお金』を、ふつうでは考えられないところに、必死になって隠します」
 ところが、肝心の隠し場所をころっと忘れて、ハッとする、探す、無い!、パニックになる、頭の中は真っ白。そのとき、辺りでちらっと人影が動くと、
 「あっ、アノ人が、お金を盗んだ!」
 濡れ衣を着せられた介護者は、たまらない。
 「こんなにお世話しているのに、盗っ人とは、何事!」
 でも、事ここに至るまでの認知症の“気持ち”が分かれば、そんなに腹は立たなくなる。
 「専門医は、解決方法を教えている。介護者が、『ゴメンネ、ちょっと借りていた』と、いくらかのお金を渡す。すると、全てが丸く治まる。渡したお金は、隠し場所を確かめておいて、あとでこっそり取り戻せばいい。金は天下のまわりモノ」
 外界に対する強い不安から起きる幻想、奇妙な行動や言動も、周囲の対応次第で、
 「治める方法はいくらでもある。うまく治めれば、ごくふつうの人間として付き合っていける。虐待防止というよりも、虐待を大本から絶っていくためには、認知症をしっかり理解し、『相手の気持ちが分かる』という(人権擁護の)基本に立つこと。そうやって、虐待のない、みんなで助け合える社会にしていきたい」と堀田さん。           (つづく)
<2006年3月23日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
46
キーワードは地域と尊厳<4>
「住み慣れた地域で尊厳を持って生活するには」―。
 さきごろ開かれた市川市主催のシンポジウムでは、このテーマをめぐって、3人のシンポジスト(医師・弁護士・市職員)が意見を交わした。
 1人目の、市福祉部長・高久悟さんは、高齢者福祉制度の黎明期だった40年前と今を比較して、「隔世の感がある」という。
 「当時は、家族介護が中心。親の面倒を子供がみるのがごく当たり前で、1人きりのお年寄りをどうするかということが大変な時代だった」
左から笠原郁子さん(弁護士)、伊藤勝仁さん(医師)、高久悟さん(市職員)の各シンポジスト

 介護保険制度がスタートして、介護を社会全体で支えるしくみができ、
 「まず、(介護)認定のために、市職員・ケアマネジャーなどいろいろな外部の第3者が家庭に入るようになったのが、大きな変化です」
 すると、その中で、高齢者虐待の問題が浮上してきた。平成12年から昨年までに在宅介護支援センターに寄せられた虐待がらみの相談は48件。市は、虐待防止ネットワークを立ち上げて具体的な救済の仕組みをつくった。そこには半年間で18件の事例があがっている。たとえば…。
 寝たきりの夫の介護をしている妻(78)が入院した。病院からの報告だと、妻は息子に虐待されている様子。「誰がオレのメシを作るのか」と、迫る息子。治療が終わったら、家に帰すべきかどうか。
 ネットワークの中で、病院・市・ケアマネ・施設が動いた。妻は退院と同時に婦人相談所に避難。その後、家族と相談の上で娘のもとに引き取られた。介護が必要な夫のほうは、緊急一時保護というかたちで、特別養護老人ホームあずかりとなった。
 「このケースの場合は、家族の同意もあり、本人の『家に帰りたくない』という意思表示があったので、仕事が進んだが…」
 「加害者」と呼ばれる人に悪意はなく、「介護疲れ」「伝承的介護手法による技術不足」が原因となっていることが多い。
 また、「被害者」本人の意思確認がしにくい、虐待されても「家に帰りたい」という事例も多い。
 そんなとき、
 「本人にとって一番いい方法は何だろうか、どういう解決策があるだろうか。現場の声を聞きながら、担当者は毎回悩みながら対応しているというのが現状です」         (つづく)
<2006年3月31日>
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
47
キーワードは地域と尊厳<5>
市川市主催のシンポジウム『住み慣れた地域で尊厳をもって生活するには』で、2番目に登場したシンポジスト・伊藤勝仁さん。医師の伊藤さんは、市の虐待防止ネットワーク委員の一人として、虐待現場の人間関係に迫る。
 介護保険制度が始まり、第3者が家庭に介入することによって高齢者に対する「虐待」が露呈したということもあるが、それ以前の問題として、現代社会のもっと奥深いところに病理があるのではないか―と、伊藤さん。
 文明が発達する一方で、失われていくものがある。たとえば、
 「昔は、風呂が冷めると、誰かを呼んで薪をくべてもらっていた。いまは、スイッチひとつで足り、人間関係が要らなくなった。便利に、スマートにことが処理できるようになった反面、水を差されたような寂しさを感じることも否めない。『制度』や『システム』にも同じことが言える」
 伊藤さんは、「人間関係の基本」として、ドイツ哲学者ショーペンハウエルの寓話「ヤマアラシのジレンマ」を紹介する。
 「寒い朝、ヤマアラシは、お互いを温め合おうと仲間に近づく。ところが、自分のハリで相手を刺してしまう。何度か刺し合ううちに、相手を傷つけずに温め合える距離を見出す。つまり、ハリで刺し合う時期がなければ、適度な距離は見出せない。それを避けると、ときには人間関係拒絶にもなりかねない」
 この「適度な距離」がとれななくなった「虐待」の場面は、
 「おそらく、する側、される側、両者の共同産物。そこには、長い歴史がある。われわれがシステムとして、職種としてかかわるとき、長い歴史のひとコマを見ているだけであるから、相撲の行司役のようなことはできるわけがない」
 さきごろも、ネットワーク会議で、ひっ迫した状況でありながら、「緊急避難」に踏み切れない事例があった。理由は、
 「本人の意思確認ができない。それを無理に手を引っ張って避難させるというわけにはいかない。『愛する気持ち』と『憎しみ』の共存。怖い相手なのだが、同時に、一緒にいるとホッとする。これは、身内にしか分からない特有のものだろう。われわれが職種として破壊する権利はない」
 個人主義の発達している外国、特に米国では、「意思表示がないのは、そこに居ないのと同じ」が共通認識となっているが、
 「日本特有の、『察する文化』『甘えの文化』がある限り、システムとして介入していくのは難しいと痛感している」
 しかし、「『悲劇的な事件』という結末は避けたい、という願いから立ち上がったネットワークは、「命が優先」と、本人を強引に救急避難させざるをえないことも。
 「もっと人間関係を闘ってみたらどうか」と自力回復に望みをかけながら、システムの必要性も感じる伊藤さん。虐待現場に介入する側にも、「ジレンマ」がある。           (つづく)  
(2006年4月7日)
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
48
キーワードは地域と尊厳<6>
「高齢者が住み慣れた地域で、人間としての尊厳を保ち、安心して暮らすことができる。これは、
まさに、高齢者の基本的人権です。しかし、現状をみますと、その権利はいろいろな形で脅かされていると思います」
 市川市主催のシンポジウムで、弁護士・笠原郁子さんは、法律家の立場から、「高齢者の人権を脅かす」3つの問題を取り上げた。
 1つ目は「判断能力が不十分な高齢者は、日常的に不便・不安・不利益な生活を送っている」。
 たとえば、○家賃や地代の支払いを忘れて契約解除されそうになった○多額の預金・現金を持ち歩いて無駄な買い物をしてしまうようになった○不動産売買・遺産相続など大きな法律問題にどう対処していいか分からない○自分に適切な福祉医療サービスを選んで契約することができない、など。
 2つ目は、「高齢者が消費者被害にあって、大変な経済的被害(『財産権侵害』)を受けている」。
 悪徳業者は、独り暮らしや判断能力が低下した高齢者を狙い、「催眠商法」「点検商法」などで、老後の蓄えを吐き出させ、分割払いのクレジット契約まで結ばせようとする。
 3つ目は、「たくさんの高齢者が深刻な虐待を受けている」。
 家族から、『虐待』という、人間の『自由権』『財産権』『生存権』に対する重大な侵害を受けているケースも。
 このような問題から高齢者を守る方法はいろいろあるが、法的手段となると相当の時間・費用・労力を必要とすることもあり、
 「問題を未然に防ぐ、早期発見、被害救済には、『地域福祉権利擁護事業』や『成年後見制度』の利用をお薦めしたい」
 平成11年から各市町村の社会福祉協議会が行っている「地域福祉権利擁護事業」(福祉サービス利用援助事業)は、
 @本人・家族・代理人などが、最寄りの社協窓口に相談するとA後見支援センターの「専門員」が自宅を訪問B本人との面接・関係者との連絡調整を行いC本人の希望と状況に応じた契約内容・支援計画を提案。C契約が締結されるとD「生活支援員」が派遣され、援助開始。希望に沿った「福祉サービス利用援助」や「財産管理」「財産保全」「弁護士・司法書士・社会福祉士紹介」サービスが受けられる。
 同12年に民法その他の法律で定められた「成年後見制度」も、判断能力の不十分な人を保護・支援する。同制度は「任意後見制度」「法定後見制度」に分かれ、
 「『任意』は、高齢者がまだ判断能力が衰えないうちに、自分で信頼できる人を選び、サポートしてほしい事柄をお願いする。『法定』は、判断能力が低下してしまったとき、家庭裁判所でサポートする人を決めてもらう。身内から適当と思われる人が選ばれることが多いが、『財産管理が難しい』『身内で意見の対立がある』などの場合は、弁護士や司法書士が選ばれる」          (つづく)
(2006年4月14日)
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
49
キーワードは地域と尊厳<終>
50歳の独身男性・Aさんは、ここ数年の間に、両親を失った。
 「難病の母親の在宅介護をしながら、肺ガンを宣告された父親の入院介助をした時期が、いちばんキツかった」とAさん。
 父親は、1年あまりの闘病の末、3年前に78歳で他界。その後、寝たきりの母親に、
 「かなりひどいことを言った。たとえば、『家のことを全部オレに押し付けて、おい、かあさん、もっとしっかりしろよ!』。親類に『もっと優しいものの言い方をしたら?』と意見された。確かに、病気で身体の自由が利かない母に対して、言葉の虐待だったかもしれない。でも、たまにしか来ない親類に指摘されて、地団駄を踏むほど悔しかった」  介護人の「暴言」は、ときとして、やり場のない気持ちのあらわれ。Aさんの気持ちを察するかのように母親は、見舞いに訪れた人たちにロレツのまわらない言葉で、こう繰り返した。
 「私が死んだあと、息子のことを、よろしく、頼む」
 それだけが、母親の遺言だった。昨年、母親は76歳で逝った。介護保険サービスもできる限り利用したが、
 「両親も私も、突然訪れた不幸に何の準備もなく飲み込まれ、心身共に余裕を無くし、『尊厳』ある介護をすることができなかった」
   
―◇―   ―◇―
     「住み慣れた地域で尊厳を持って生活するには」? 市川市主催のシンポジウムから、シンポジストたちの提言をいくつか挙げておこう。
 市福祉部長・高久悟さんは、
 「自分がどういう状態に置かれているかを客観的に判断できる、社会とのかかわりがあるということが、自己判断・自己決定を有意義にしていく大事な要素。4月からスタートした介護保険事業の中の地域支援事業―新予防給付や、市独自の地域ケアシステムに参加していただくことで、いろいろな情報を入手することができる」
 伊藤勝仁さんは、医師の立場で、
 「介護保険改正で、『役に立たないサービス』は検討し直さなければならず、私たちも中立の立場を保たねばならない方向だが…。気がつかないうちに、的ハズレなことをやってしまうのが、人間関係。職種として(介護現場に)かかわるときにも、サービス感覚に流されていないか、本音の人間関係はできているだろうかと考える」
 弁護士・笠原郁子さんは、
 「高齢者自身が、『誰かが何とかしてくれる』というような依存的姿勢をやめて、自立した考え方を持って、自分の生活を守ることが大切」
 さらに、高齢者にとっての「自立」とは、
 「何が何でも全部自分でやる―というのではない。必要なときは他人の支援を受けながら、自分自身の生き方を自分で決める。いまある制度・社会的支援をよく知り、支援を受ける必要があるときはそれを活用するという姿勢がよいのではないか」
(2006年4月21日)
検証 まちトップへ

検証・まち  
<介護はいま>
50
地域ケアシステムの活動<1>
平成13年から、市内14の社会福祉協議会地区を推進母体に、「市川市地域ケアシステム」という仕組みづくりが始まった。目指すのは、「誰もが住み慣れた家庭や地域で安心して生活し続けられる地域社会の構築」。
 現在、市・社協・関係機関のバックアップのもと、機運の高まった順に、「国府台」「八幡」「真間」「南行徳」「曽谷」「国分」「市川第2」「市川第1」「宮久保・下貝塚」「信篤・二俣」「菅野・須和田」各地区で同システムが立ち上がっている。  その中で、今年3月に動き始めたばかりの「地域ケアシステム菅野・須和田」の様子をリポートしよう。
 地域ケアシステムが始動するとき、まず該当地区内に「拠点」が整備され、そこに地元住民から選ばれた「相談員」が配置される。
当番相談員のあいさつで初のイベントスタート。少人数だが活気にあふれている=菅野・須和田で

 3月28日にオープンした「菅野・須和田」の拠点は、「市立菅野小学校内なかよしルーム」。いまのところ、週2回の開設日(火・木曜日午前10時―午後4時)に、8人の相談員が2人ずつ交替で待機、相談業務を行っている。
 開所して約1か月の間に、「『当番』(相談業務)を2〜3回経験した」という相談員に、地域の利用状況を聞いた。
 石橋英治さん(74)は、
 「口コミやチラシで知って、直接訪ねて来る人や、電話での問い合わせなど数件。介護保険手続きについての質問が寄せられた」
 宗近伸匡さん(70)は、
「さきごろ改正された介護保険について2件の相談。ひとつは、『分かりにくい』という不安。もうひとつは、『実際に困っている』。弁当配食サービスについての問い合わせもあった」
 これから、
 「ここを、『よろず相談所』に。イベントも、いくつか予定している」と宗近さん。  
 4月20日、同拠点で初めての「イベント」は、「元気いっぱい! いきいき体操」。相談員5人を含め、10数人の地域住民が集まった。
 社協職員が見守る中、高齢者の健康づくりをテーマにした「いきいき健康教室」に長年携わってきた森泉さん(市地域福祉支援課)の指導で盛り上がる会場。
 「何をしているのかな?」
 休み時間の学童が、興味津々、のぞき込む。       (つづく)
(2006年5月2日) 
検証 まちトップへ

          
検証・まち  
<介護はいま>
51
地域ケアシステムの活動<2>
「地域ケアシステム」は、「基本的な考え方」として次の3本柱を掲げ、進められている。
@ 地域での支え合い
市民の福祉にたいする意識の醸成をはかり、市民相互の支え合いや助け合い活動を具現化する。
 つまり、「あいさつ」や「声かけ」などの身近な活動からはじめ、支え合いや助け合いなどの福祉活動を活性化させることにより、昔の「向う3軒両隣」のような連帯意識を持った「温もりのある社会」の実現を目指す。
A身近な場所での相談
地域に相談員を配置した拠点を整備し、そこを「よろず相談所」として機能させ、公的相談支援機関との連携による相談支援の仕組みづくりを進める。
 この「拠点」は、相談業務のほかにも、誰もが気軽に集える「サロン」として、また地域の福祉活動・ボランティア情報・市や関係機関などの情報提供など、「情報の収集・発信基地」機能も備える。
B行政の組織的な受け皿体制
行政は、地域における相談や市民相互の支え合い、助け合い活動を組織的に支援、サポートする。
「輪踊り」で盛り上がる会場。「毎日の生活を楽しく元気に。その中で健康づくり」と指導の森さん

 今年3月末に立ち上がった「菅野・須和田ケアステム」(拠点=市立菅野小なかよしルーム)でも、いま、相談業務に加え、「サロン」づくりが始まっている。
 4月20日に開かれたイベントは、市地域福祉支援課・森泉さんの指導による「元気一杯! いきいき体操」。
 身体を手のひらで「さする」、握りこぶしでトントン「たたく」。それだけでも、
 「血液の循環が良くなる。自分の手ひとつで、健康器具いらず」とアドバイスする森さん。
 「いくつかの基本的な動作を組み合わせ、みなさんがよく知っているバックミュージック(民謡など)に乗せて踊れば、会場は盛り上がりますよ」
 参加者のひとり、久保光枝さん(民生委員主任児童委員)は、
 「習ったことを、(会場に)来られない人にも伝えたい」
 これから、
 「赤ちゃんからお年寄りまで、地域のさまざまな人たちがここに集まって、交流ができるといい。目指すのは、地域のみんなが顔見知りになること」

(2006年5月19日)
検証 まちトップへ

          
検証・まち  
<介護はいま>
52
地域ケアシステムの活動<3>
「地域ケアシステムの推進母体」となっている「地区(支部)社協」とは何か。「地区社会福祉協議会」(地区社協)は、地域内の自治会・民生児童委員・ボランティア団体・子ども会・老人会などの各種団体や地域住民で構成されている自主的な住民組織。その活動費には、自治会を通じて市社協に集められた「社協会費」の40%が充てられている。
 つまり、地域ケアシステムは住民組織の活動のひとつで、それを市・市社協など関係機関がバックアップという図式になる。自分たちが納めた会費の一部でどのようなことが行われているのか。そんな興味を持って、ケアシステムの拠点をのぞいてみるのもいいだろう。
 市川市は「地域ケアシステム」をより推進するため、平成17年から2年間、「コミュニティワーカーモデル事業」を行っている。
 同事業はまず、市内で「地域福祉に熱意を持ち、諸活動に理解と経験があり、事業の効果を適切に検証できる」人材を「コミュニティーワーカー」として2人選び、
○地域からの情報収集・情報提供
○各種サロン活動の支援
○地域ケアシステムの運営支援
○地域住民の福祉課題などの解決
 に向けた取り組みへの支援
などの業務にあて、その成果を評価した上で、将来的な人数や配置を検討する、というもの。
 同事業で選ばれたコミュニティーワーカーの一人、幸前文子さん(41)に、半期1年間の活動を振り返ってもらった。
 「もちろん、地域の皆さんが自分たちの力で課題を解決していくのが理想ですが…」と前置きして、幸前さんは話を進める。
 「小さな課題が(解決しないまま)積み重なると、皆さんの活動に『無理』や『疲れ』が出てくる」
―「課題」の具体例としては?
 「活動の中で、お手伝いの人が少ないと、仕事が特定の人に集中してしまう。サロンを開きたいのだが、そのやり方が分からない。どうやって広報したらいいのか分からない、など」
  ―コミュニティワーカーのサポートが入ると、
 「スムーズにことが進んでいくことがありますね。そんなとき、『コミュニティワーカーの仕事って大事かな』と思います。ハッキリ目に見えない仕事だから、地域からいろいろな意見が返ってくると、とても参考になります」
―地域密着型の仕事?
 「そうですね。『市民の目』で地域活動に張りついていると、実情がよく分かります。地域の人は知っているが、行政は知らないということもありますよ。(両者の)橋渡し役にもなれるといいですね」
 幸前さんは、担当地区住民の年間事業計画案を1枚の表にまとめた独自の「行事カレンダー」を作っている。
 「ばらばらになっていたのを、表にしてみたんです」
 なるほど。こうすれば、地域の動きが一覧できる。(つづく)
(2006年5月26日)           
検証 まちトップへ


ichiyomi@jona.or.jp 市川よみうり