市川よみうり連載企画

検証・まち
<路上生活>
53
不器用な生き方<3>

JR船橋駅北口で「ビックイシュー日本版」を売るKさん(34)が「先輩」と呼ぶYさん(60)を訪ねた。Yさんも同駅南口で、昨年3月末から同誌を販売している。
 「『先輩』と言われてもねぇ…。私の場合、最初は、2〜3日のつもりで始めたんだよ」と苦笑いするYさん。
 「このあたり(船橋)には知り合いが多いし、ホントは、他の地域でやりたかったんだ…」
 ところが、過去に営業の経験があるYさんは、順調にお客を獲得し、一緒に始めた仲間がひとりまたひとりと辞めていく中で生き残った。
 Yさんは持ち場に、センスの良いレイアウトで同誌のバックナンバーを並べている。
=写真=JR船橋駅南口で「ビッグイシュー日本版」のバックナンバーを並べるYさん。商品知識が豊富  平成3年に英国で創刊、現在27カ国で発行されている同誌だが、
 「日本での知名度は、まだいまひとつ。でも、見てごらん。表紙は毎回、世界的に有名なミュージシャンや俳優、アーティストだよ」
 記事の内容は、
 「若者をターゲットにしているね。事実、若い女性がよく買って行く」
 ―一日で最高何冊くらい売れたことがある?
 「暖かい日に、30(冊)くらい売れたことがあった」
 ―天候とかに左右される?
 「もちろん。路上販売だからね。すごく暑いとき、すごく寒いときは売れない」
 ―これからこの仕事をやってみたいという人に、『先輩』として何かアドバイスすることは?
 「全く売れないとき、頑張っても通行人が目の前を素通りしていくとき、プライドが傷つくことがあるだろう。そんなとき、辞めたくなる気持ちはよく分かるよ。でもさ、売れるときもあり、売れないときもあり、この仕事には『波』があるんだ。あきらめず、その波を乗り越えてほしい」
 大波、小波、凪(なぎ)もアリ。これまで、毎月の売れ行きを頭の中にインプットしてきたYさん。
 「一年間のデータがそろって、初めて対策が分かるんだよ」
 ―ところで、居宅対策のほうは?
 「う〜ん、周りの人たちからも、アパート暮らしを勧められてるんだけどね…」
 ―そろそろ?
 「うん、そっちのほうも、そろそろ、手を打たんとダメだな」と思っている。

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<路上生活>
54
何と言って良いか…

『住民との関係は?』
 「よい」25.5%、「普通」32.7%、「悪い」17.3%、
「何と言って良いかわからない」23.6%。
 このデータは、昨年秋、淑徳大学・川上昌子研究室が、ホームレスの自立促進を図るのに必要な方策を探るため、市川・習志野両市内の宿泊施設(協力・NPO法人エスエスエス千葉支部)や路上で行った面接聞き取り調査結果の一部。
 「何と言って良いかわからない」という回答が興味深い。
 100人を超える回答者の多くが、この質問に、まず「…どう言ったらいいんだろうねぇ…」と思案していることから、「『よい』『普通』『悪い』と『何と言って良いかわからない』には、さほど差はないのではないか」と分析する川上昌子同大社会学部教授。
 「何と言って良いかわからない」は、現状における住民とホームレスの関係を、実にうまく言い表している。
 2月26日、全国社会福祉協議会助成事業「ホームレス支援研修」(千葉県労働者福祉センター)で発表された同調査結果の一部を続けて紹介していこう。
=写真=「ホームレス支援研修」で面接対面調査結果を踏まえて基調講演する川上教授
 【一般的特徴】
 (年齢構成)
 49歳以下=13.6%、50―54歳=16.4%、55―59歳=21.8%、60―64歳=31.8%、65―69歳=10.9%、70歳以上=5.5%。
 (健康状態)
 「まったく良い」=30%、「まあまあ」=29.1%、「良くない」=40%。
 (結婚の有無)
 「有り」=57.3%、「なし」=40.9%。
 (家族との連絡)
 「連絡有り」=53.6%(内訳・「兄弟」=27.3%、「妻」=0.9%、「元妻」=3.6%、「子供」=10.9%、「親」=6.4%、「その他の親族」=4.5%)
「連絡なし」=46.4%。
 【野宿時の状況】
 (野宿の有無)
 「有り」=72.7%、「なし」=27.3%。
 (寝場所・複数回答)
 「公園」=65%、「地下街」=31.3%、「河川敷」=7.5%、「道路」=3.8%、「高架下」=3.8%、「サウナ・カプセルホテル」=20%、「友人の家」=6.3%、「その他」=22.5%。

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<路上生活>
55
広がる「新しい現象」
「…今日われわれがみる野宿者とかつての『浮浪者』とは、形成過程も就労構造も大きくずれている。(中略)日本の野宿者は、『浮浪者』から『ホームレス』へ『変わった』。近年の野宿者には、現役・元日雇労働者でない、不安定就労下層からの参入者=『「ニュー・ホームレス」』が増加した。(中略)他方、日雇労働者出身の野宿者にしても、日雇仕事に戻ることはますます困難になった。サービス業関連の仕事に就職する野宿者も増加した。若者も目立つようになった。夫婦者や女性の野宿者さえ増加しつつある。このような『新しい』現象は、どこまで広がるのだろうか」(『現代日本の都市下層』青木秀男著・明石書店から抜粋)
   
―◇―   ―◇―
     年金生活者のSさん、69歳。妻と別れ、子供は無く、市川市内のアパートで独り暮らしをしていたが、家主から「出て行ってほしい」と言われ、新しい住まいを探し始めた。
 保証人は、都内に住む年金暮らしの姉夫婦。しかし、「仕事を持たない男ひとり」の住まいは、なかなか見つからなかった。アパート立ち退きの期限は刻々と迫る。3月初旬、都内で何軒目かの不動産屋のカウンター。Sさんは、
 「できるだけ家賃の安い、風呂屋に近い住まいを探してください」と頼んだ。
 「ゼイタクは言いません。ひと部屋あればじゅうぶんです」
 風呂屋に近い、家賃3万円台の物件が見つかった。Sさんは、ホッとした様子で、
 「あー、よかった! 助かった、決まれば、すぐに、あしたにでもそこに引っ越したい!」
 くたびれたカバンの中から年金受給証明書を取り出して見せ、うれしそうに入居申込書を書いた…。
  「けっきょく、入居していただくことはできなかったんですよ」
と、Sさんが訪ねた不動産屋に勤める中年女性は話す。
―入居できなかった理由は?
 「ひとことで言えば、入居審査に合格しなかったということです」
―住民票・保証人・収入の証明(年金受給証明書)がそろっていても、ダメ?
 「なぜ断られたかはハッキリ申し上げられませんが、Sさんの身なりには、高齢男性ひとり暮らしの、生活のよどみのようなものがありました」
―家主さんは、それがお気に召さなかった?
 「そうかもしれません。お断りすると、Sさんは、『…これから、どうすりゃいいんだ…』と、肩を落として帰って行かれました。見送りながら、胸が痛みました」
 いま、Sさんは、どうしているだろうか? 姉夫婦宅に居候(いそうろう)?不動産屋巡りを続けている? それとも…。
 「部屋をお世話できなくて残念です。いまでも『これから、どうすりゃいいんだ…』というSさんの寂しそうな言葉が、耳に残っています」
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検証・まち  
<路上生活>
あきらめと期待
「都内を転々としながら、ホームレス歴11年」の女性Yさん(50)が、路上でつづった日記を読ませてくれた。
 「朝は、ハトやスズメたちにエサをやることから始まる。スズメは、ハトやカモメが食べ残したものの掃除屋さん。強いものがいて、弱いものがいて、鳥の世界も人間社会と同じなんだね。散歩やジョギングをしている人の中には、『おはよう!』と声をかけてくれる人もいて、なるべく返事を返すようにはしているが…」
 好き好んでホームレスになったわけではない。複雑な家庭環境、不運が重なって、
 「アパートから追い出された。身のまわりのものだけを持って、路上に出た」
 それから、数年間は、
 「深夜営業の店を転々としたり、駐車場の片隅にうずくまって夜明けを待ったりの日々が過ぎていった」
 冬の雨の降る日、金も力も尽き、
 「役所の扉をたたいた。職員が優しく接してくれた。泊まる所を見つけてくれた。3日後、施設に入った」
 ところが、施設の仲間とケンカ、
 「またホームレスに逆戻り。もう、誰が何といおうと施設はイヤ。役所の人から、『これからは、ひとりでやっていってくれ』と最期通告を渡された」
 もう、どうにでもなれ…。
 「雑草をむしり取って、公園の便所の中でほおばったこともある。トイレットペーパーを食べたこともある。いろんな人に助けられ、いろんなことをやって生き延びてきた。不思議に、死ななかった。私は、生きている。もしかしたら、『死』からも逃げられてしまったのかもしれない…」
 究極の状態で悟ったことは、
 「人間である以上、いつかは死ぬ。何もない状態で生まれて来たんだもの。何もない状態で死んでいっても、おかしくはあるまい?」
 もう誰も恨まない、何も期待しない。
 「こうなったのも、自分が悪い。でも…、悲しいね、わびしいね、すごくさみしい。何も分からない無邪気な子供に戻りたい。そして一からやり直したい。できるものならば…」
 このごろ、ボランティアの人や支援団体の人などが、Yさんの身を案じて、「支援話」を持って来るようになった。「何を、いまさら…」「もう、何も期待しない」「ヌカ喜びはしない」と思いながらも、「施設」「アパート入居」「年金」「生活保護」「仕事あっ旋」の話には、心が騒ぐ。やり直しのチャンス到来か? 
 「あれこれ考えているうちに、心が乱れ、落ち着かなくて、またどこかへ逃げ出したくもなる」
 「支援話を取るか」、「路上コミュニティーの人情や助け合いを取るか」、「トンズラ、するか…」。Yさんだけでなく、いま、迷っている仲間は少なくない―という。「厳冬期」を過ぎ、路上にも、春が来るか?           終
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